学校薬剤師が校内で一番馴染みのある場所は保健室だと思います。
学校薬剤師が行う環境衛生検査は健康診断や保健指導と同様、学校保健計画に組み込まれています。この学校保健計画の策定に関わっているのが、保健の先生(養護教諭)だからです。
元々学校薬剤師は、学校内での薬剤の誤用により児童が死亡するという痛ましい事故から薬品類の使用や保管を管理するようになったのが始まりです。その経緯からも保健室と関わりが深いといえます。
1930(昭和5)年、小樽市の小学校で風邪をひいて体調の悪い女子児童に「アスピリン」を服用させるつもりが誤って塩化第二水銀(昇汞・毒薬)を服用させたため、女子児童は亡くなってしまうという痛ましい事故が起きました。いろいろな薬を保管している学校にクスリの専門家を置くべきだという声が高まり、学校に薬剤師を配置することになり、昭和6年に小樽市が学校薬剤師を委嘱しました。
その後、この流れは全国に波及しました。そして昭和33年には学校保健法が制定公布され、学校には学校医、大学以外の学校には学校歯科医又は学校薬剤師を置くものとする。と定められました。
学校薬剤師とは(日本薬剤師会)
保健室での医薬品は、管理台帳に記録をつけた上で保管されています。
虫歯予防で行われているフッ化物洗口に用いる調整(希釈)前の薬剤(ミラノール®)は劇薬ですので、劇薬以外の医薬品や医薬品以外の物と分けて保管しなくてはなりません。安全上、鍵のかかる戸棚等に保管し、その場所に劇薬表示(白地に赤枠、赤字で「劇」の文字)を行います。
その他の薬剤についてですが、現在では保健室に備蓄している薬剤は限られています。
殆どは外用薬です。消毒薬や皮膚を保護するワセリンが一般的のようです。
ただし、昨今では傷口には消毒薬を用いず、水道水で洗い流すのが主流です。消毒薬が傷を治す皮膚の細胞を痛めてしまうからです。
消毒薬も姿を消しつつあります。
背景には医師法があります。医薬品を他者に用いるのは医療行為とみなされる恐れがあるからです。
また、医薬品には副作用がつきものです。不特定多数の全ての子ども達に安全な薬は存在しません。
保健室では応急処置や経過観察をし、然るべき時は医療機関を受診します。
ただし例外があります。生命が危険な状態にある場合、個人の薬であること、がそれにあたります。
具体的にお話していきます。
①アナフィラキシーショック対応時(エピペン®使用の場合)
アナフィラキシーショックとは急性のアレルギー反応の一つで、血圧低下や意識障害等、生命に関わる重篤な状態を引き起こします。学校では食物アレルギーに起因する場合が多いです。
エピペン®は、アナフィラキシーショックに使われる自己注射薬で、食物アレルギーを有する子ども達が所持している場合があります。本人が携帯・管理・使用するのが基本ですが、学校が代わって管理をする場合もあります。アナフィラキシーショックを起こし、自らエピペン®を注射できない状況にある本人の代わりに居合わせた教職員が注射することは緊急のやむを得ない措置であり、医師法違反にならないとされています。
ただし、事前に医師・保護者と児童生徒・学校がエピペン®の取り扱いについて、充分な協議と情報の共有をすることが必要です。
また、エピペン®の効果は15分程度です。使用すると同時に医療機関を受診する手はず(多くは救急搬送)を整えなければなりません。
②てんかん発作対応時(ダイアップ®坐剤・ブコラム®使用の場合)
てんかん発作による痙攣(ひきつけ)が長く続くと、脳の重い後遺症や命の危険を招きます。
従来は坐剤(ダイアップ®坐剤)で対処されていましたが、2020年11月に口腔溶液(ブコラム®)が使えるようになりました。シリンジタイプの薬剤で、歯茎と頬の間に注入します。
どちらも本人に代わって教職員等が投与することは緊急のやむを得ない措置で、医師法違反にならないとされています。
この場合も事前の協議や情報の共有(書面でのやり取りを含めて)が必要です。また、使用後の医療機関受診は必須です。
③医師が処方し、指示した服用期間中の薬である場合
①と②は命に関わる緊急時のケースでした。緊急ではないものの、病気の予防や回復期に継続して薬を使用するケースがあります。てんかんの薬・喘息の薬・花粉症の薬…等、子ども達の生活の一部となっている薬です。
本人が管理・携帯・使用するのが基本ですが、未就学児や小学校低学年の子ども達には難しく、保護者が園や学校にそれらを依頼することがあります。
これについても、最低限の薬の投与は指示の範囲内で保護者の代わりに行って良いとされています。
この場合、氏名や用法、調剤年月日が書かれた薬袋に入った薬でなくてはなりません。薬剤情報提供書(お薬の説明書)を求める園や学校もあります。ここに書かれている日付と実際に服用する日付に乖離があるものは、園や学校では受け取れません。「前にもらった薬だけど、同じ症状なので飲ませてください」というお願いには対処できないわけです。「指示の範囲内の最低限の投与」が原則です。
以前、担当校で「プールのバッグに目薬(一般用医薬品←ドラッグストア等で買えるもの)を入れる親御さんがいらっしゃるのですが・・・」と相談されたことがあります。
医療用医薬品・一般用医薬品に関わらず、本人が自身で携帯して使えるのであれば構わないでしょう。しかし、小さなお子さんでは管理・携帯・使用が難しいだけではなく、他のお子さんの手に渡って思わぬ事故につながる危険もあります。
幼稚園や子ども園では、過度な与薬は医療行為につながるので一定の園内のルールに従う・可能な限り園内で与薬を行わなくてすむ治療(投与回数が少ない薬剤の選択等)を医師に相談する…ことを保護者の方に理解していただく必要があると思います。
幼稚園のプールのレベルなら目薬は不要ですし、風邪や下痢であれば薬を飲んでいる間は家で休ませてあげたい(出来れば・・・。それが難しいのは子を持つ親として重々承知していますが。)とも思います。
ただし、先に挙げたような基礎疾患のある子ども達が園生活を送れるような配慮も必要です。
文部科学省・厚生労働省からも「配慮の依頼」が通達されています。特に①や②のケースのような場合、これを理由に子ども達の受け入れを拒否したり、薬剤の使用をためらって子ども達の不利益にならないように…という考えからだと私は受け止めています。
では、本人が使用できる年齢となれば問題解決でしょうか。
これも一筋縄ではいかないようです。
養護教諭と学校薬剤師が集まる研修に参加した時に、「子ども達が生理痛の薬を貸し借りしている」「保護者が子どもに薬を持たせているが、本人は使い方が理解できていない」…といった話を聞きました。
病院・薬局・学校…場所は変わっても、薬剤師の仕事は「お薬の適正使用をすすめる」ことだと感じています。
二学期が始まりました。
全ての子ども達が笑顔で過ごせますように…。
※学校薬剤師は学校環境基準等を基に検査を行い、各学校の事情に応じて指導や助言を行うと共に、健康相談、保健指導を行います。
ここでのお話も一学校薬剤師が経験した事例であり、限定的な見解が多分に含まれることをご留意ください。
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