中医学 事始め④ ~西洋医学の解剖図がなじんだ頭に、東洋医学の五臓六腑がしみわたるまで~

漢方

「中医学 事始め」の更新が中々進みません・・・。こんなに毎日漢方漬けなのに。(涙)
インプットばかりでアウトプットできていない今日この頃です。

今回は「五臓六腑ごぞうろっぷ」のお話です。

五臓六腑とは?

東洋医学(中医学・日本漢方と同意語的に用いていますが、広くはインド医学やチベット医学も含まれます)でいうところの「臓腑」は、西洋医学の「内臓」とイコールではありません。
西洋医学の「内臓」が解剖学的に個々の臓器をとらえているのに対し、東洋医学の「臓腑」は陰陽五行の考えを基に人体の機能や働きを振り分けたものです。生理機能の名称といってもよいかもしれません。

・・・これが中々難しい(私には)のです。「陰陽五行説」(中医学 事始め② 〜世界は陰陽五行でできている?〜)も「気血水理論」(中医学 事始め③ 〜人の身体は気・血・水で動いている?〜)も漢方独特の考え方でしたが、それでも「ふーん、そう考えるのね」と思えたのは、理解を邪魔する予備知識がなかったから。

「五臓六腑」の理解を邪魔する予備知識…そう、解剖図です。
小学校の理科の授業から薬学部の機能形態学の講義までの間で、人体解剖図が頭の中でイメージできています。そこに五臓六腑の話がでてくると、どうしても今までの知識に当てはめようとしてしまいます。
全く当てはまらない概念なら「ふーん、そう考えるのね」となるかもしれませんが、臓器の用語(名前)が同じものも多く、中々切り離して考えられません。しかも、当てはまる事・ちょっと当てはまる事・当てはまらない事…色々ありまして。

各々の説明は後でいたしますが、例えば「膀胱」は、西洋医学・東洋医学共に、同じ機能(尿の貯留)を指します。(同じでも当てはまる事・・・ですね。)
東洋医学の「心」は西洋医学の「心臓」を連想させますが、「心」は心臓と脳の機能を合わせたイメージです。(ちょっと当てはまる事・・・ですね。)
でも、東洋医学の「脾」は西洋医学の「脾臓」とは全く別物で当てはめる事自体に無理があります。(当てはまらない事・・・ですね。)

古代の人々のように、もしくは「からだのしくみ」なんていう絵本すら読んでいない子供達のように、予備知識がない状態の方が理解しやすかったかもしれません。
なので、西洋医学の知識をちょっと横に置いて、できるだけ真っ新な頭にして「五臓六腑」を考えていこうと思います。

五臓…肝・心・脾・肺・腎

古代の人々は、栄養物を貯蔵し精気を与える臓器を「臓」と称し、生体内の様々な働きを「かん」「しん」「」「はい」「じん」の5つの臓にあてはめて考えました。
それぞれの性質と働きについて考えていきましょう。


循環・代謝・発散・排泄・解毒などをコントロールする役割を担っています。
漢方の言葉を借りると、全身の「気」を通じさせて、気が滞ることのないようにしている(疏泄作用そせつさようといいます)臓器です。これにより情緒が安定し、快適な精神状態が保たれます。
また、血を貯蔵して全身の血液量を調節しています。
眼や筋肉とも関連が深いです。
肝の不調でこれらの働きが悪くなると、イライラする等の情緒不安定、不眠、めまい、かすみ目や充血といった目のトラブル…等の症状があらわれます。
そして、肝は五行の「木」に属し、「怒」の感情と関係が深いとされています。


五臓の中で最も重要な臓器で、他の臓腑の統制を行う司令塔の役割を担っています。
記憶・判断力・言語機能・睡眠等の中枢神経系の機能と血液循環と拍動をコントロールする機能を有しています。
これらの働きが悪くなると、不安感や焦燥感が強くなったり、物忘れや不眠・動悸・息切れ・脈の乱れ…等の症状があらわれます。こうした心の不調は舌(先が赤い)や顔色(が悪い)にあらわれやすいといわれています。
そして、心は五行の「火」に属し、「喜」の感情と関係が深いとされています。


五臓の中で一番西洋医学の概念と遠い存在かもしれません。解剖学的に当てはまる臓器はないと割り切ってもいい気がします。
脾は、飲食物から栄養(水穀すいこくせいといいます)や水分を取り込み全身の各組織に運搬する働き(運化作用うんかさようといいます)を担います。これにより、「けつすい津液しんえき)」が生成され、全身へ運ばれます。
また、血液が漏れ出ないようにする働き(統血作用とうけつさようといいます)もあります。
口や胃とも関連が深いです。
脾の不調でこれらの働きが悪くなると、疲れやすく気力がでない、食欲の低下や消化不良、下痢等の消化器のトラブル、むくみや不正出血…等の症状があらわれます。
そして、脾は五行の「土」に属し、「思」(思慮や思考)と関係が深いとされています。


呼吸のコントロールの他、水の循環にも関わっている臓器です。
また、体表に衛気えき(害となる環境因子=外邪から体を守る気)を巡らし、バリア機能も果たしています。
鼻や皮膚、大腸と関連が深いです。
肺の不調でこれらの働きが悪くなると、風邪等の感染症にかかりやすくなったり、鼻や喉、呼吸器のトラブル、皮膚の乾燥、便秘・・・等の症状があらわれます。
そして、肺は五行の「金」に属し、「憂」の感情と関係が深いとされています。


生命力を貯蔵する臓器です。
水分代謝を調節する役割を担う他、生殖や成長発育・老化に関わります。
腎の不調でこれらの働きが悪くなると、身体が冷えやすく、排尿のトラブル、性機能の低下、発育不良、抜け毛、耳鳴り・難聴・・・等の症状があらわれます。
そして、腎は五行の「水」に属し、「恐」の感情と関係が深いとされています。

六腑…胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦

貯蔵するイメージのある「臓」に対し、「腑」は管状・袋状の臓器で、水分を含め飲食物が通過する器官です。「たん」「」「小腸しょうちょう」「大腸だいちょう」「膀胱ぼうこう」「三焦さんしょう」に分けられます。通過する際に消化吸収し、栄養分を取り出します。

また、「臓」と「腑」は表裏の関係にあるといわれ、相互に協調して生理活動に関与しています。両者は、臓が主体で、腑は臓に従属する関係となります。


消化を助ける胆汁を貯蔵する臓器です。
「腑」は飲食物が通過する器官と説明しましたが、実は胆は他の五腑と異なり飲食物を受け入れていない例外的な器官となります。
肝と表裏の関係にあり、胆汁の排泄をコントロールしているのが肝となります。
また、決断は胆から生まれるとされています。人間の精神活動は心が司令・統括し、肝が思考を担いますが、決断は胆が司っていると考えられています。

  
飲食物の消化吸収の場です。胃で消化された飲食物から脾が栄養分(水穀すいこくの気)を抽出して全身に運搬しています。脾と表裏の関係にあり、脾は胃の働きをコントロールしています。胃と脾のどちらの働きが弱ってもこの機能が働かなくなり、他の臓器にも影響します。漢方で「脾胃のたてなおし」が重要視される所以です。

小腸
胃で消化吸収された飲食物を清濁(栄養分と食物のカス等の不要物)に分ける器官です。心と表裏の関係にありますが、脾胃の影響を受けやすい器官でもあります。

大腸
小腸で分別された不要物を便として体外に排出する器官です。水分代謝と関わる肺と表裏の関係にありますので、肺に不調があると便秘や下痢を起こします。

膀胱
尿の貯蔵と排泄を行う器官です。腎と表裏の関係にあり、腎が排尿のコントロールを司っています。

三焦
実体をつかみにくい器官でもあります。体幹部の総合的な機能を司る器官ととらえ、気の出入りや水(津液)の通り道の役割を果たすと考えられています。部位により上焦じょうしょう(舌から胃の入口まで=胸部・心・肺)・中焦ちゅうしょう(胃の入り口からおヘソの辺りまで=上腹部・胃・脾・小腸の上部)・下焦げしょう(おヘソから下=肝・腎・膀胱・小腸の下部・大腸)に区分されます。

まとめ

五臓六腑の各々の臓器についてまとめてみました。
漢方の基本は「調和(バランス)」です。人体の健康は五臓(六腑)の調和によって保たれており、このバランスが崩れると病気になる・・・という考え方です。
そして、五行学説の考えに基づくと、下の図のように五臓は互いに影響し合っています。

その関係は、以前にも触れましたが、互いに助け合う(相生そうしょう関係)と同時に制約し合う(相克そうこく関係)関係となります。

五行学説


ですので、一つの臓器に不調があらわれると他の臓器にも不調があらわれることになります。
そして、あらわれた不調を改善させる為に不調となっている臓器だけでなく、関連している他の臓器も治療の対象となることが多いです。

こうして各臓腑の生理学的・病理学的な概念に基づいて身体の状態を分析することを「臓腑弁証ぞうふべんしょう」と呼びます。「気血水弁証きけつすいべんしょう」、「八綱弁証はっこうべんしょう」(患者の状態をひょうきょじつかんねついんようの8つの要素から分析する)と共に、中医学においては重要な考え方となります。証(病気の状況)が決まることにより治療(処方)を考えることができる(弁証論治べんしょうろんち)からです。
これが日本漢方との大きな違い(中医学 事始め① 〜漢方いろいろ〜)の一つで、「こんな状態の人にはこの処方」(方証相対ほうしょうそうたい)という考え方をする日本漢方に馴染んでいた私が五臓六腑について「フワッとした理解しかできていなかった(涙)」と思い知ったのも「難しい」と苦労した理由です。
弁証の細かいお話もいつか別の機会にしたいと思います。そのうち、きっと、どこかで・・・。(汗)

最後に・・・。
冒頭で「理解を邪魔する予備知識」と言ってしまいましたが、西洋医学の知識はとても大事です。
これ↓は、上野の国立博物館(息子が小学生の頃、一緒に行きました)の展示。


江戸時代の「木骨もっこつ」(骨格モデル)です。勉学の為に人骨を忠実に模して作られたものです。
当時の「医者」と呼ばれる人々は、漢方(東洋医学)・蘭方(西洋医学)問わず、新しい知識を吸収しようと励んでおられたのだと思います。
・・・見習いたいものです。

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