ヒビが入っていた我が家の土鍋。
昨冬にとうとう水漏れし、以降は「土鍋買わないとね」でやり過ごしていたのです。
夏も終わり、鍋の季節の前に「いよいよ買わねば」と思っていた矢先に読んでいた「じじいの台所」(沢野ひとし著)に、こんな一文が。
「土鍋は伊賀焼に限る」
実は、漠然と「信楽にでも行って土鍋を買おうか」と夫と話していたのですが、そっか伊賀か…。
日本で採れる陶土のなかで土鍋になるほどの耐火度、蓄熱性を持つのは伊賀の粗土のみ。そのヒミツは、生物や植物の化石が多く含まれる400万年前の古琵琶湖層から産出される陶土。伊賀の地は太古の昔、琵琶湖の湖底でした。その地層から採れる陶土は耐火性が高く、江戸時代より直火の土鍋・行平・土瓶などがこの地で作られてきました。
…成る程。という訳で、長谷園さんへ。創業天保3年の伊賀焼窯元さんです。


国登録有形文化財である「16連房旧登り窯」。天保三年 (1832年)の創業時より昭和40年代 (1970年頃)まで使われていた窯で、 この16の部屋を焚きあげるには15~20日間 を要したとか。



「大正館」は、大正建築の旧事務所です。



フリースペースになっていて、オリジナルカップでコーヒーがいただけます。
カップは持って帰れます。


なので、一服。
でも、甘みのあるものも欲しくなったりして。隣で家族連れがお菓子を並べていて。
私も持ってくれば良かった。普段、「大阪のおばちゃん」よろしく鞄に色々しのばせてるのに、この日に限って…。無念。
さて、いよいよ本丸?の土鍋を物色。色々ありました。
蒸したり、焼いたりできるものもあって。
悩んだ挙句、選んだのはオーソドックスな土鍋。

さて、目的を達したところで、お昼時。
お隣の焼き物の町、信楽へ。ここで何かを食するつもりでしたが…。
この日はシルバーウィークの中日。かなりの観光客で賑わい、どこも満席。
…大誤算。
伊賀の方が静かでした。まあ、長谷園は里山にポツンとあるので当たり前ですが。
かなり待って、いただいた冷やし中華。

殆ど映え重視…。でも、モチモチ麺で美味。
そう、信楽の町は、あちらこちらにタヌキが。



信楽といえばタヌキの置物…ですが、歴史はそれほど古くはなく。
江戸時代の頃から作られ始めたタヌキの置物。有名になったのは、昭和天皇の戦後巡幸(1952年)。
信楽町訪問の際、狸の置物を沿道に並べたところ、昭和天皇がその情景に感興を覚えられたことが新聞で報道され、信楽の狸が全国に知られるようになったそうです。
そんな信楽焼のあれこれは、こちらで…。

信楽焼の生い立ちから、茶の湯の文化と武家社会との関わり、最盛期における信楽焼と人々の暮らしなどが展示されています。
車の展示に反応してしまうのは、車好きの息子を持ったサガでしょうか。(^^;)



こんなのもありました。
陶器の地雷。太平洋戦争末期に試作されたもの。
陶器の地雷薬莢は金属探知機に反応せず、破片による殺傷能力が高いそうですが…。
伝統工芸がこのようなことに使われない世の中を願いたいです。
最後にお目当て?の大タヌキ。


よく見ると、こんな所に懐かしの公衆電話。
タヌキは「他を抜く(たぬき)」という語呂合わせで、縁起が良いとされていて。
なので、学業と就職活動に頑張ってる(であろう、きっと…。そう願いたい…。)息子にミニサイズのものをゲット。
話戻って、伊賀焼の土鍋。
買った時に、お店の方に「お粥炊いてください」と。
お粥を炊くことで米のでんぷん質が土鍋の細かい気孔を埋め、水漏れを防ぎます。土鍋の「目止め」ですね。
米のとぎ汁や片栗粉、小麦粉で行うことも多い伊賀土鍋は蓄熱性が高い粗土を使用しているので、お粥が良いそうです。

かなりの気泡。流石、伊賀焼の土鍋。
これから鍋の季節。楽しみです。

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