「薬物乱用」という言葉を耳にした時、皆さんは何を頭に浮かべるでしょうか。
「シンナーかな」と夫。
「…大麻?」と息子。
時代を反映しているなと、変なところで感心してしまいました。
夫や私の世代で問題になっていたシンナー(有機溶剤)に変わり、近年では未成年の大麻の検挙率の増加が問題となっているからです。
今回は、学校薬剤師の観点から薬物乱用問題についてお話いたします。
そもそも「薬物乱用」とは?何が問題となる?
薬物乱用とは「決められたルールや法律を守らないで薬物を使用すること」です。
違法薬物は所持しているだけで「犯罪」ですし、決まりを守らない使い方を1回でもすれば「乱用」です。
薬物乱用の具体例として、大きく次の2つに分けられます。
〇法律上のルール違反:覚せい剤・大麻・コカイン・麻薬等の規制薬物を使用や譲渡。
〇目的・使用方法の違反:本来の使い方を逸脱しているシンナー遊びやガスパン(カセットコンロのガス)遊び、用法・用量を守らない風邪薬や鎮痛剤の使用、処方箋薬の多量使用など。
では、薬物乱用によって引き起こされる問題とは何でしょう。
言うまでもなく、心身に及ぼす悪影響=健康被害です。健康被害については、大きく次の3つに分けられます。
○身体的影響:めまいや嘔吐、頭痛、肝障害、腎障害等。
○精神的影響:幻覚、妄想、衝動行動、集中力・認知機能の低下等。
○性格の変化
そして、これらの健康被害から引き起こされる事故や事件(交通事故、違法薬物譲渡におけるトラブル等)、自殺等は、個人のレベルを超えた社会的な被害にもなっていきます。
さらに問題となってくるのは「依存症」です。
依存症とは「あることを止めたいのに止めることができない状態」をさします。依存が起きる要因には薬物の他にアルコールやタバコ(この2つは薬物のくくりに入れても良いのですが)、ギャンブル、買い物、ゲーム等、様々です。
依存の対象が何であれ、脳の中で起きている現象は同じです。
人は美味しい食事や良い音楽等の刺激を受けると、脳内でドーパミンと呼ばれる神経伝達物質を放出します。それにより、心地よさを感じます。
また、課題や義務でストレスが発生し、努力することで成功してストレスが解消した時も、ドーパミンにより達成感が得られます。
そして、薬物や酒・たばこ、ゲーム・ギャンブル・買い物などの行為でもドーパミンは放出されます。
このドーパミンは人が前向きに生きていくのに必要な化学伝達物質ですが、誤った方法でドーパミンが放出されることにより、心地よさや達成感を得ようとしてしまうのが依存症です。
薬物乱用の種類は?
乱用される薬物は様々な種類があり、作用も様々ですが、次の3つに大きく分けることがあります。
〇興奮系:覚せい剤・コカイン・MDMA等。
〇幻覚系:LSD・MDMA・大麻等。
〇抑制系:モルヒネ・ヘロイン・睡眠薬・シンナー等。
MDMA(合成麻薬)はカラフルなラムネ菓子のような外見(イラスト参照)で、「お洒落な感じで、友達に誘われたから」等と安易に手をだしてしまいやすいことが問題とされました。
正確な情報、確かな知識が必要であることを認識する一例です。
注意しなければならないのは、ここで挙げたモルヒネやヘロイン等の「麻薬」と「医療用麻薬」は全く別のものであるということです。
医療用麻薬は、癌性の疼痛や他の鎮痛剤でコントロールできない慢性疼痛に用いられます。まだまだ日本では「麻薬=薬物中毒」のイメージが強く、使用をためらう患者さんやご家族もいらっしゃいますが、痛みの症状がある患者さんが適切な量を使用した場合は中毒(薬物依存)になることはありません。この事が周知されず、友人・知人・親戚等の不用意な発言で傷つく患者さんやご家族がいらっしゃいます。
繰り返しになりますが、「薬物乱用」は「決められたルールや法律を守らないで薬物を使用すること」です。
医療用麻薬・睡眠薬・解熱鎮痛剤・風邪薬を適切な用法用量で用いれば、副作用のデメリットよりも治療のメリットが上回ります。
症状がない(必要でない)のに使用する・決まられた用法を逸脱する(多くは過量服用)ことが薬物乱用であり、薬物依存の原因となってしまうのです。
大麻について
近年の薬物乱用の問題の特徴は、冒頭でお話したように大麻の事案が増えていることです。
中高生の大麻の所持、小学生の大麻の吸引が報道されたことを記憶されている方も多いのではないでしょうか。
①大麻事犯の検挙人員が8年連続で増加して過去最多を更新し、「大麻乱用期」であることが確実と言える状況となった。
「第五次薬物乱用防止五か年戦略」フォローアップ(厚生労働省)令和3年の主な薬物情勢
②大麻事犯の検挙人員の約7割が30歳未満であり、若年層における乱用拡大が顕著であった。
③特に、20歳未満の検挙人員は1,000名であり、初めて千人台に到達した。
若い世代に大麻が蔓延している背景には「タバコと変わらない」といった誤った認識、学生時代の仲間やクラブの先輩等の誘いに応じてしまうことが挙げられます。
さらに大麻をめぐる規制が国によって様々であることも、大麻を容認しようとする人達の「言い分」となっています。
アメリカの一部の州やカナダでは嗜好目的での大麻の所持や使用が認められています。
ですが、これは決して大麻が「安全」「健康に良い」と考えているからではありません。
アメリカやカナダの大麻乱用の広がりは日本とは比べ物になりません。これらの大きな市場が反社会的な組織の利益とならぬよう国の管理下に置くために認めているのです。
そして、そのような国でさえ、未成年の使用は認められていません。
日本は不安材料は多々あるものの、諸外国に比べると薬物乱用の少ない「奇跡の国」です。敢えて、大麻を解禁する理由はどこにもないと私は思います。
嗜好品としては認められていないものの、医療用として大麻の使用が認められている国もあります。
日本でも大麻由来の医薬品の臨床試験が始まりました。現状での治療薬で効果が得られない患者さんにとっては希望でもあります。
ですが、これらのことも「大麻が安全」である理由にはなりません。医療用麻薬・睡眠薬等と同様、本来の目的から逸脱した使用は薬物乱用なのです。
2023年12月、改正大麻取締法が成立しました。
使用罪が適用される一方、医薬品の使用が認められます。
大麻容認派は、これで大麻が肯定されたと主張するかもしれません。
ですが、難治性てんかんの治療薬として使用されるカンナビジオール(CBD)には脳神経系に有害な作用を及ぼす成分ではありません。
有害な作用を及ぼすテトラヒドロカンナビノール(THC)は規制の対象です。
新たな薬物乱用問題 オーバードーズ
この記事を最初に書いた時は、大麻の問題がクローズアップされていました。
今、大麻と同様に、もしくはそれ以上に問題になっているのは「オーバードーズ」です。
オーバードーズとは、医薬品(市販薬や医療機関で処方された睡眠薬等)の過剰摂取を意味します。薬を一度に数十錠飲むケースもあります。
国立精神・神経医療研究センターの調査(2021年)では、「過去1年以内に市販薬の乱用経験がある」と答えた高校生は約60人に1人でした。
精神的な苦痛から逃れる為に薬の過剰摂取で多幸感を求めている…と考えられがち(勿論、そのケースもあります)ですが、過剰摂取は吐き気や嘔吐等、辛い症状を引き起こす結果となることも多いです。
そんな酷い状態に自分を貶めてでも、今の苦痛を忘れたいと思う子ども達の辛さを思うと、胸塞がれる思いがします。
2023年12月、厚生労働省は20歳未満に風邪薬などの市販薬で乱用の恐れがある薬の大容量や複数個の販売を禁じる方針を決めました。
乱用を防ぐ為の一つの手段ですが、単にオーバードーズを禁じるだけでは子ども達の心は救えないだろうとも感じます。市販薬が手に入らなくなれば、リストカットや自殺等の別の方法をとる子ども達が増えないか心配です。
学校では・・・
日本では「学習指導要領」により、薬物乱用防止教育(薬物乱用防止教室)が行われています。
学校薬剤師、警察職員や麻薬取締官が講師となって行うことが多いです。
職掌の違いから、薬剤師が行う薬物乱用教室が健康面から、警察関係者の薬物乱用防止教室は犯罪面からのアプローチであるようです。
どちらも大事な要素です。ただ薬剤師の立場から、そして子供時代に「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」のキャッチコピーを見聞きした人間として、規制の強化や厳罰化だけでは薬物乱用防止は防げないと感じます。
何度も違法薬物に手を出してしまうのは「依存」という脳の病的変化であって意思の強さは関係なく、規制の強化は抑止力となりません。
抑止力を感じて違法薬物を使用せず、代わりにアルコールやギャンブルに手を染めたり、自殺を選ぶ人もいます。
ストレスがあふれるこの社会では、大人も子供も誰でも依存の危険があります。先ほどお話しましたように、依存の正体は「ドーパミン」です。
努力できずに、もしくは努力が失敗に終わった時、孤独を感じた時…。
そんな時でも、ストレス解消法を持っていたり、失敗しても「よく頑張った」と自分で思える自己肯定感があったり、そんな自分を認めてくれる人がいたら、誤った方法でドーパミンを増やす必要もありません。
人を孤独にしない、自己肯定感を大切にする…。これが薬物乱用防止のカギではないでしょうか。
「くすり教育」(「学校薬剤師と「お薬教室」…かけがえのない自分の命を大切にするために、子ども達に伝えたいこと」)と同様、「かけがえのない自分の命を大切に、自分の命と同様に人の命もかけがえのないもの」であることを伝えていければと思っています。
まとめ
薬物乱用について、お話いたしました。
医薬品の適正使用と同様、大事なのは次の3つだと私は考えています。
〇正しい知識を身につける:まずは関心をもって、危険性を知る。
〇正しい判断ができるようになる:誤用や乱用の防止はここからです。
〇自分の身体は自分で守る:かけがえのない自分の命を大切に。
そして、今まさに薬物の問題で悩んでいる子ども達、薬物に手が届きそうな孤独を感じている子ども達には、どうか問題解決の為にSNSを利用するのではなく、身近な人に相談して欲しい。
どうしても身近な人が探せなくて、スマホしか頼りにならないのであればSNSでなく、公的機関の相談窓口を検索して欲しい。
私は、一人で抱え込んで孤独に耐えている子ども達がどこかにいることを忘れずに、薬局や学校、地域で生きていきたいと思います。
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